高性能・健康住宅「ファースの家」開発本部株式会社福地建装

お知らせ

2011.12.16

北海道新聞 「朝の食卓」 2011.12.16掲載

「おまけの人生」 福地脩悦

 今年4月、95歳の母が旅立って逝きました。私が21歳、東京で独立するために家をたつ際、「行ってきます」と言う声を、かすかに震える背中で受け止めていた母。母は亡くなる数日前、「おまけの人生も、そろそろ終わりそう」と笑顔で語っていました。
 母は6人の子を育てました。男は私だけ。母は「おまえはおまけの子」だと言っていました。私も2人の男の子を育て、そこへ想定外の娘ができました。「おまけの娘」は2人の男子を産み、その後に、ひょっこりと孫娘を産んでくれました。
 東京に嫁いだ娘は、3人の子を北斗市の実家で出産しましたが3人目の時は、2人の男の子を連れての帰省となります。3人目ともなると家の中はまさに大混乱の様相に。でも「おまけの娘」がいなければ体験できなかった至福の時でもあります。
 私も鉄骨とび職を皮切りに、全国200社もの工務店仲間が出来ました。個人的には5人の孫にも恵まれ今、「おまけの孫娘」を抱き、女の子とは、こんなに柔らかく、こんなにいとおしいものなのだと気付いた自分がいます。
 「おまけの娘」もやがて巣立つ息子や娘を背中で送り、「おまけの孫娘」もいずれ子を産み、その子をまた背中で見送るのか。背中で見送った子や孫達、いつしかは成長し「豊かなおまけの人生」を分けてくれるのか。時代は違うと言われそうですが。